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音制連40周年記念 後藤豊初代理事長×野村達矢理事長対談

テレビとラジオ 音事協と音制連

日本音楽制作者連盟40周年記念対談(左から)初代理事長 後藤豊氏、現理事長 野村達矢氏

日本音楽制作者連盟40周年記念対談(左から)初代理事長 後藤豊氏、現理事長 野村達矢氏

――草創期の音制連会員社が主にマネージメントしていたシンガー・ソングライターや自作自演のバンドは、学生だった野村さんが感じていたように、それまでの歌謡曲とは違う面があったと思います。関わっていた人達も「違い」を意識していたのでしょうか。

後藤 アーティストの活動の中心は自分達で作品をつくることであり、ライブ、コンサートツアーでステージに立つことが一義です。それを前提にした上で、他に歌謡曲との違いが一番あるとすればテレビとの関係でしょう。僕達はプロモーションの中心をテレビに置かなかった。当時から若者向けのカルチャー番組的なものもありましたし、そういうテレビ番組とはコミュニケーションがあったんです。でも、メインストリームの歌番組は自分達とは別なものだと思っていましたね。

 歌番組でアーティストが届ける必要があるのは、鋭角的なところのてっぺんだけだと考えていましたので、常時出演すると鋭角的ではなくなるじゃないですか。それとこちらがどう考えているかというより、テレビ局側の敷居も高かったんです。今は違いますよ。でも当時は、あまり相手にされていない感じもありましたので(笑)、日常的なプロモーションとなると、どうしてもラジオ局に足が向きました。ラジオはシンプルなメディアで、僕達スタッフもアーティストも参加しやすいところがありましたし、深夜放送を中心にラジオ側も新しい音楽を積極的に応援しようという気運がありました。

野村 後藤さんが音制連の設立に動いた当時、プロダクションの団体としてはテレビとの関係が深く、歴史のある音事協(日本音楽事業者協会)がすでにありました。その中で新しい団体を立ち上げたわけですが、既存の団体に合流するという考えはなかったのでしょうか。

後藤 僕の中では全くなかった。音事協がいいとか悪いとか、そういう認識ではなくて、既存のシステムに合流する選択肢はありませんでしたね。

野村 それは更地に新しい何かを立ち上げる気持ちのほうが強かったということでしょうか。

後藤 はい。僕らが関わっていたのは、それまではあまりいなかったシンガー・ソングライター達が多かったわけですから、そんな彼らの著作権や著作隣接権は、自分達が守らなくてはいけないという意識が強かったと思います。もちろん広い意味での芸能、エンタテインメントととらえると、歌謡曲も僕らが関わっていたアーティストの音楽も根は同じだということは分かっているのですが、特に「権利を守る」という意味では今でもあの時に選んだ道は間違っていなかったと思います。

――野村さんは1986年に渡辺プロダクションへ入社されていて、1989年にヒップランドミュージックコーポレーションに移るわけですが、音楽業界で仕事を始めた当初、団体の存在を意識することはありましたか。

野村 あまり意識していなかったといいますか、団体とは何なのか分かっていなかったですね。渡辺プロダクションは音事協に加盟していましたが、新入社員として日々現場で仕事していると、自分の会社がどこの団体に入っているかなんて、考える時間はほとんどありませんでした。とはいえ、アーティストと最も近い距離にいる人間がどういうマインドを持つべきか、アーティストが保持している権利とはどんなものなのかは学んでいました。要はお金の流れも、文化の流れも、川上から川下に流れていくので、川上に立つ=アーティストに一番近い場所にいることがすごく大事になってくるわけです。そういった教えみたいなものは自然に身につけていったと思います。

 渡辺プロダクションに「ノンストップ」というロックセクションがあって、僕もそこにいたので、音事協にいながらも音制連的なフィロソフィーを学ぶことができたという面もありました。ノンストップを立ち上げた中井猛さんがヒップランドを設立して、僕も一緒に移ったわけですけれど、仕事を始めた当初から運のいいことに、僕は音事協的なマインドと音制連的なマインドの両方を持てたのがラッキーだったと思います。当時は考えもしませんでしたが、今振り返ると強くそう思いますね。

後藤 渡辺プロダクションの渡邊晋さん、渡邊美佐さんがつくり上げた権利体系は、歴史的に考えてもプロダクションの基礎になったわけで、それを我々も無意識に学んだんですよね。

野村 晋さん、美佐さんのお立場を考えると、音制連という新しい団体ができた時に、拒絶することもできたはずだと思います。田辺エージェンシーの田邊昭知さんをはじめ音事協の会長を務められた方々も、拒絶をせずに認めてくださった。これは後々、音制連が存続していく上において、とても重要だったと思います。
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